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『決定版 旅と鉄道スタンプ帖』本日発売です

『決定版 旅と鉄道スタンプ帖』(廣済堂出版)

定価600円。購入はこちら

昭和6年(1931)に北陸本線福井駅で誕生したといわれる駅スタンプ。その後、DISCOVER JAPAN、一枚のキップから、いい日旅立ち、わたしの旅スタンプなどのキャンペーンを経て変遷し、現在もなおJRやその他の私鉄、第3セクターで新印が設置されるなど、根強い人気を誇っています。デジタルにはない現地へ行って押す楽しみもあるからでしょう。本書ではJR東日本東京支社77駅、都営地下鉄102駅の全駅の印影を紹介し、状態から設置場所まで完全把握。スタンプの歴史やスタンプの押し方なども掲載し、1冊で94個も押せるお買い得スタンプ帖です。

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スタンプ物語39・中野駅

駅前の巨大なサンプラザと

薬師さんと親しまれる門前町

中央線下りで新宿から次の快速停車駅が中野です。東京メトロ東西線も合流するターミナル駅で、相互直通運転も行われています。北口では中野警察大学校が移転したのを機に大規模な再整備が行われており、北口改札は2012年5月19日に位置が変わりました。高架の下をくぐる中野通りにも橋上デッキが設けられ、さらなる開発が期待されています。

スタンプは「新井薬師とサンプラザ」。北口改札を出ると目の前にそびえるのがサンプラザです。音楽、宿泊を兼ねた複合施設で旧名称は全国勤労青少年会館。昭和48年(1973)に開業し、地下2階、地上21階の独特なデザインの建物ですが、将来的には隣接する中野区役所と一体化するため、2018年以降に取り壊すことが報じられました。

もうひとつの新井薬師は北口から徒歩15分。どちらかといえば西武池袋線新井薬師前駅のほうが徒歩5分と近いのですが、先代の「わたしの旅スタンプ」時代からスタンプの印影となっています。
新井薬師の正式名称は新井山梅照院薬王寺といい、真言宗豊山派の寺院で中野では最大級を誇ります。創建は天正14年(1586)で、古くから眼病や子育てにご利益があるとされ、現在も根強い信仰を集めています。寺院の井戸水(白龍権現水/写真右)は飲用でき、水汲みの人もあとを絶たず、山門からは門前町の商店街も広がっているので、買い物なども楽しめます。
次回の停車駅は高円寺駅です。


より大きな地図で 中野駅 を表示


※スタンプは紛失・摩滅・取替などの事情により、ない場合もございますのでご了承ください。また、駅員のいない時間帯は押せないこともありますのでご注意ください。
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スタンプ物語38・東中野駅

中央線屈指の撮影場所

菜の花と桜のコントラストが絶景

スタンプは「中央線と桜」。西口の山手通りにかかる桜川橋の先の線路沿いに桜並木があり、土手には菜の花も咲いています。都区内の中央線では市ケ谷~飯田橋間と並ぶ桜の名所で知られ、シーズンは撮影者でも賑わいをみせています。現在、環状道路の工事が延々と続いており、西口も2012年度完成の駅ビル「アトレ」の建設が現在も続いています。桜並木は当初道路整備で伐採される予定でしたが、当面は現状のままで維持されることになりました。

東中野のかつてのスタンプ(現在はなし)には、神田川と氷川神社が描かれていました。神田川は反対側の東口から近く、こちらも春先は川沿いの桜並木が見事です。氷川神社は西口から南下して徒歩5分。長元3年(1030)、源頼信が平忠常征討の際、武蔵国大宮氷川神社より勧請したもので、旧中野村の総鎮守となりました。9月中旬の土・日曜には例大祭が行われ、各町会から御輿や山車が出て盛り上がります。境内には屋台がたくさん出て、あの雰囲気でB級グルメを味わうのも楽しみのひとつです。
次回の停車駅は中野駅です。


より大きな地図で 東中野駅 を表示


※スタンプは紛失・摩滅・取替などの事情により、ない場合もございますのでご了承ください。また、駅員のいない時間帯は押せないこともありますのでご注意ください。

スタンプコレクション

お金のかからないコレクション
スタンプ帖がなくても白地の紙があればOK!

いよいよ「鉄道旅のガイド」のブログが始まりました。
「鉄道旅のガイド」と銘打っていますが、まずは手始めに著者がコレクションしている駅の記念スタンプの話から始めたいと思います。
駅スタンプの歴史は古く、最初は昭和6年(1931)に福井駅に設置されたのが始まりといわれます。当時は直径5cm程度の小さなものでした。その後の設置駅は不明ですが、日付入りのスタンプがかなり高い確率で設置されていたようで、日本統治時代の台湾・樺太・朝鮮の鉄道駅にもスタンプがありました。

戦後、国鉄が増収策として初めて全国的に統一したスタンプで始めたのが、昭和45年(1970)の「ディスカバージャパン」(左上)で、このとき国鉄約1400駅にスタンプ台とともに設置され、弘済出版社(現・交通新聞社)からスタンプ帖が発売されて爆発的なブームを呼びます。その後、昭和52年(1977)に「一枚のキップから」(右上)、翌年には「いい日旅立ち」(左下)のキャンペーンがありましたが、残念ながら国鉄末期の赤字財政のため、設置駅は激減しました。ただし、古いキャンペーンのスタンプをそのまま残している駅もたくさんありました。

国鉄最後のキャンペーンが昭和55年(1980)にはじまった「わたしの旅スタンプ」(右下)です。これはスタンプを丸・四角・五角・六角の4種の形と黒・赤・紫の3色を組み合わせて12種類に分類したもので約740駅に設置。スタンプブームの最盛期を迎え、よく夜行列車などで数分止まる駅などは、スタンプを押しに設置箇所へ駆け込む光景がみられました。このキャンペーンはその後の駅無人化や新規設置などで増減がありましたが、JR化後もそのまま踏襲されました。

90年代に入るとJRも支社ごとに独自のスタンプをつくりましたので、設置駅の掲載されたスタンプ帖は消滅。スタンプ帖もこのとき売上げが激減し、駅売店の『キヨスク』からも消えてしまったようです(現在は通販と一部の書店で入手することは可能)。
しかし、駅スタンプは、JR化後に設置駅がかえって増える傾向にあります。詳しいことは追々話していきたいと思いますが、設置駅などの情報は、スタンプファンの方が運営しているサイトが詳しいです。まずは一番身近なJR東日本の東京支社印で山手線を一周してみましょう。スタンプの印影に描かれた名所・旧跡・PRなど深く追求していきたいと思います。
次回は、その東京支社の山手線内スタンプ集めに有効なフリーきっぷを紹介します。