茅野に鎮座する縄文のビーナス

仮面の女神なる土偶も居た…

[場所]JR中央東線 茅野駅

JR中央東線の新宿・甲府方から下り列車に乗って茅野駅1番線に到着した時、車窓左側にある西口駅前広場を挟んだ対面のビルの壁上に「縄文のビーナス」と記された土偶の写真が掲げられているのが目撃できる。この写真の土偶が何者なのか…以前から気になっていたのだが、先日に茅野駅を通る機会があったので、その折にこの正体をつきとめるべく途中下車して調べてみた。

茅野駅西口前のビルに掲げられている「縄文のビーナス」のワイド写真。

駅ラッチ内

茅野駅の1番線ホームに降りると、まず対面2・3番線ホームに自然石の碑が建立されているのが窺える。

茅野駅2・3番線ホームに建立されている石碑を、1番線ホームから見たトコロ。
この自然石は黒耀石で、写真右の説明板の表面には「昭和30年頃…八ヶ岳冷山から黒耀石の巨岩を運び出し地元の小学校に寄贈されました。その一つが茅野駅に展示されているものです。」と記されている。左の石標には「茅野駅」とともに「標高790M」と「開業 明治三十八年十一月二十五日」と刻まれている。
標高790mは、2本のレールの上を自走する鉄道線の駅としては、日本22番目の高さに位置していることを、さりげなく示している。
プラットホームにて、このような碑を目撃してしまうと、茅野駅にはもっと何かの見処があるのでは?とワクワクさせられるのではないだろうか。

■2階ラッチ内跨線橋
茅野駅は西口の2階に駅本屋があり、各ホームとは跨線橋でつながっているスタイルになっている。
では1番線から、そのラッチ内跨線橋へ階段で上がってみよう。
そして、この階段を上がっていくと正面に、土偶2体が鎮座していた。

1番線ホームから跨線橋への階段を昇った正面に鎮座する土偶2体。
左が先述の駅西口駅前に掲げられた写真の「国宝『土偶』縄文のビーナス」。右は「国宝『土偶』仮面の女神」とのこと。当然にレプリカである。

展示台に「レプリカ」の文字。まぁこの展示スタイルなら、それは当たり前であろう。
そしてココから跨線橋へと目をやると、階段や通路には土偶をモチーフにしたポスターが貼られていた。

ラッチ内跨線橋の、1番線ホームからの階段を上がった脇の壁に掲げられていたポスター。
上の場所から90度曲がった位置の跨線橋壁に貼られた中吊りポスター。
茅野市が「縄文の里」を歴史観光のランドマークとしてアピールしていることが何となく伝わってくる。
なお、上写真のポスターは中吊り転用のため、アップ日時点でもココに貼られているとは限らないことを申し添えておく。

駅西口広場

ラッチ外では、始めに「縄文のビーナス」の写真が掲げられている駅西口広場から、土偶絡みの展示を探してみよう。

駅西口広場前のビルは「BELLVIA(ベルビア)」という名称。
縄文のビーナスの写真が掲げられていたビル名は「ベルビア」という。このビルの1階前が長野県茅野市とその周辺の信州白樺湖・蓼科・車山高原を目的地とする観光の拠点となるバスターミナルになっている点を、まずは覚えておいて頂きたい。
それでは探索していこう。

喫煙所の看板にも土偶の写真。
北側(塩尻寄り)の公園の看板には土偶のイラスト。
縄文時代関係の展示はこの他に、駅南東200mくらいの所にある「茅野駅前縄文公園」に土偶のレプリカ2体が鎮座している…が、この度は滞在時間の関係で写真はない(汗)。
縄文時代関係ではないが他の展示も掲載しておこう。

南側(東京寄り)に鎮座する「姥塚古墳」の石碑。この地点に存在したのが古墳なトコロに注目。
姥塚古墳の説明板。
姥塚古墳は八世紀末の築造とのこと。畿内では奈良時代末期から平安時代初期にあたる。
そして謎のオブジェ。

茅野市名誉市民 矢崎虎夫 氏 作「調和」。
三位一体像は「調和」というテーマにはふさわしい…のかなとは思う。

駅東口広場

次は駅東口広場の土偶絡みの展示を探訪してみよう。
東口へは、駅本屋ラッチ外の北(塩尻側)寄りの東西連絡跨線橋にて行くことになる。と…その跨線橋を渡ってゆく前に、この跨線橋通路の欄間(なのか?)と壁の展示を眺めていこう。

ラッチ外の東西連絡跨線橋。奥が東口方になる。
上写真左の位置に掲げられているポスター。
上々写真の通路の先の突き当たり右にある階段を降りたトコロに駅東口広場がある。
東口広場の北西側には「茅野市民館イベントスペース」の建物が建っていて、この外壁面に飾られた「仮面の女神」の写真に、やはりまず目が行く。

茅野市民館イベントスペースの外壁に掲げられている「仮面の女神」のワイド写真。
そして左(南西)側へ目をやると、なんと人物大(台座含む)クラスの土偶「縄文のビーナス」と「仮面の女神」のレプリカ像が鎮座している。

駅東口広場に鎮座する2体の土偶。左「縄文のビーナス」、右「仮面の女神」。
上写真の左に立つ土偶2体の説明板。
コチラの土偶レプリカ像の良いトコロは後ろ背面も表現されているので見られる点。

土偶の背。顔は東北東を向いている。
ちなみに下写真の案内板によると、土偶「縄文のビーナス」と「仮面の女神」の本物は茅野駅から東北東約8kmの地点にある「茅野市尖石縄文考古館」に収蔵展示されているとのこと。
コレが解ったコトにて調査の目的の半ばを達成したことになる。

3枚上写真の右に立つ土偶が収蔵されている「茅野市尖石縄文考古館」の案内板。休館日は月曜(休日の場合を除く)とのことだけど、それ以外に年末年始など複雑なので、詳しくは下記HP内参照。
「茅野市尖石縄文考古館」へのバスは1日3往復しかないのもあり、滞在時間の都合で、同館にはまたまた訪れていない…ので、詳細は下記にて。

茅野市尖石縄文考古館URL
https://www.city.chino.lg.jp/site/togariishi/

2024年茅野市バス路線案内URL
https://www.city.chino.lg.jp/uploaded/attachment/32999.pdf
バス乗り場は先述の西口ベルビア前になる。

鉄道が主役の旅スタイルを応援する見どころ案内

このまま記事を〆ると、なんか「サイトの本題を忘れてる…」と一部から言われそうなので、鉄道が主役の旅スタイル…なら見学しておきたい茅野駅前の展示品を一つ紹介しておこう。
それは、駅東口広場に保存展示されている蒸機C12形C12 67号機になる。

C12 67号の右斜め前側。背後の階段は茅野駅2・3番線跨線橋の階段。
C12 67号は、東北東を向いて設置されている。
C12 67号の右斜め後ろ側。
C12 67号の説明板。
C12 67号の詳細については上の説明板の写真掲載にて省略させていただく(謝)。
ただ代わり(なのか?)として、土偶「仮面の女神」とC12の共演が見られるポイントがあるので、その位置からの写真を掲載しておこう。

仮面の女神とC12 67号。
ここに掲載の内容はアップ日時点の情報になります。その後に状況の変化や、変更があった場合にはご容赦ください。

[寄稿者プロフィール]
秋本敏行: のりものカメラマン
1959年生まれ。鉄道ダイヤ情報〔弘済出版社(当時)〕の1981年冬号から1988年までカメラマン・チームの一員として参加。1983年の季刊化や1987年の月刊化にも関わる。その後に旧車系の自動車雑誌やバイク雑誌の編集長などを経て、2012年よりフリー。最近の著書にKindle版『ヒマラヤの先を目指した遥かなる路線バスの旅』〔三共グラフィック〕などがある。日本国内の鉄道・軌道の旅客営業路線全線を完乗している。